主任さんは早く帰りたい②:中編

小説

「急ぎましょう」

スーパーに車を停めた私達は、急いで飲料品売り場に向かう。松原さんはカートを持って迷わず進んで行く。私も遅れまいと後に続く。

このスーパーは箱買いもできる。冷えた飲料も並んでいるが、いちいちカゴに入れて精算するのも時間が惜しい。箱で買ってしまえば車に積むのも楽だ。

だが売り場に着いた私は沢山の箱が積んであるのを見て戸惑ってしまった。いろんな種類があるがどれを選べば?

「お茶は多めに、ジュースはこれにしましょう。炭酸はちょっとでいいです」

松原さんはあっという間に決めてしまった。早い!

「は、はい!」

言われる間に私も箱を手に取り、カートに乗せていく。見れば松原さんはペットボトルの箱を持ちよろめいていた。小柄な彼女にはちょっと重たかったか。

「す、すみません斎藤さん」

「車には私が積みますから。松原さんは精算お願いします!」

「助かります」

答える松原さんは笑顔だった。思えば今日は彼女らしくもない難しい顔をしていたが、ここにきてようやく普段の表情に戻った感じがする。

なんて考えている場合ではない、急がなければ。私が駐車場で飲み物を積んでいると精算を終えた松原さんが駆けてきた。

私達は急いで車に乗り込みスーパーを後にする。少しでも早く戻りたいというのに、帰り道は混んでいた。ケアセンターからそう離れているわけでもないのに、焦りから長い道のりに感じてしまう。

「ああ、もう…」

「や、大丈夫だよ。このペースなら間に合うって」

そういう間にケアセンターの建物が見えてきた。

「ケアセンターの前で停めて、いったん荷物降ろしましょう。その後は車を駐車場にお願いします」

はい、短く答えた私の目に、宮崎さんの姿が飛び込んできた。

「水貴ちゃん!準備出来てるよ!」

「宮崎さん!」

バザーは品切れで会場は閉めたらしい。宮崎さんは駐車場に出て私達を待っていてくれた。急いで荷を降ろし、松原さんと宮崎さんはケアセンター内に走るのだった。

−−−−

「いやあ、今日はバタバタだったね」

藤野さんが私にジュースを手渡す。今日のイベントは蓋を開けてみれば前回より2割もお客さんが多かったらしい。大成功の部類ではないだろうか。イベントが地域に定着してきている手応えを、上の人達は感じているようだ。

会場の撤収作業に取り掛かる前に、働き通しだった私達は短い休憩を取りジュースで喉の渇きを潤すのだった。

「いや〜、やっぱり今回はチラシが良かったのかなあ」

後ろから小阪主任の野太い声が聞こえてきた。お客さんのはけた会場には主任さんの声がよく響く。そういえば、今回のチラシは小阪主任のデイサービスで担当したんだったっけ。小阪主任は宮本課長さんと上機嫌で話している。これだけお客さんが入れば、得意になろうともいうものだろう。

「「「・・・」」」

藤野さんと宮崎さんは黙って小阪主任の声を聞いていた。デイサービスでチラシ作成を担当したということは、この2人も苦労したのではないだろうか。松原さんはジュースを飲みながら、心なしが視線がどこか遠くに向かっている。イベントが終わって気が抜けてしまったのだろうか。

それにしても、私達が戻ってからも忙しかった。藤野さんはお客さんの対応をこなしがら、クーラーボックスの水を取り替えて氷の補充もしてくれていた。車を停めて戻ってきた頃には、飲み物は全てクーラーボックスに収まっている。藤野さんと宮崎さんは2人ともイベント初参加だというが、さすがに普段から一緒に仕事をしている分、連携が取れていた。

「今日は斎藤さんが来てくれて助かったよ!あとちょっと、頑張ろうね!」

藤野さんが笑顔を私に向ける。今日は藤野さんと話す機会が少なかったが、一緒に働いたらきっと明るい雰囲気だろうな。

−−−−

「ゴメンね、斎藤さんは今日は応援なのに、ずっと頼りっぱなしで」

宮本課長が申し訳なさそうに頼んでくる。疲れはしたが、出来ることはなんだってやるつもりだ。

「いいですよ!私に出来ることなら」

ここまでくればあと少しだ。会場の装飾を外し終えたあと、デイサービスから持ってきた分は車で持ち帰ることになった。机など大型のものは小阪主任が先に車に積み込んで戻っていったそうだが、装飾に使った小物など、後から出てきた分は私が車で運ぶことになったのだ。

それほどたいした量ではないのだが、藤野さんと宮崎さんが2人で手に持って運ぶには多い。2人はデイサービスに戻った後、そのまま荷物を整理した後に退勤することになっていた。話の流れで私もデイサービスに荷物を届けた後に退勤することになった。

「勤務表は上山さんに言って書いてもらうから、よろしくね」

会場ではまだ松原さんが残って、1枚1枚丁寧にポスターを外している。彼女は今日、残業になるのだろうか。会場を後にするのは気がかりだったが、ここは彼女達に任せるしかないな。そう思い私達3人はデイサービスへと向かうのだった。

−−−−

「ちょっと待っててね、すぐに鍵を開けるから」

ダンボールを下に置き、藤野さんがポケットから鍵を取り出す。あれ、先に小阪主任さんが戻っているんじゃなかったっけ?しかし鍵は確かにかかっている。

「ゴメンね、斎藤さんは荷物入れてくれるだけでいいから…。後は私達の仕事だし」

宮崎さんが荷物を抱えながら言う。

「いえ、そんな…。できることは手伝います」

今運んだ荷物だってダンボール数箱程度だ。そんなに時間もかからないだろう。デイサービスは明日営業だ。私は公休だが、2人とも明日も普段どおり働かないといけない。それを思うと少しでも手伝っておきたいところだ。

そう思いながら玄関を通ると、意外な光景が目に入る。小阪主任が持って帰ったダンボールは、そのままフロアの隅に置かれている。先に戻った主任が片付けているのではなかったのか?営業の邪魔になると思うんだけど…。

「はあ…」

荷物をテーブルの上に置いた藤野さんがため息をつく。何やらメモがテーブルに置かれている。

「なに?」

宮崎さんが尋ねる。

「『今日は朝から準備してたので先に帰ります。明日のカルテ準備お願いします −小阪』だって」

「…お前がやれよ」

そう言った宮崎さんは、今日でいちばん迫力があった。

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