現場の介護職と事務の間には、時として対立がある。実にくだらない。
介護をしている職員と事務を担っている職員では立場が違うだけだ。どちらが欠けても組織は回らない。
入浴介助は体力勝負、介護施設なら限られた人数でフロアを見渡し同時並行で対応する。請求に関しての事務は正確に書類作業をこなしていかなければならない。
同じ組織で働いているのにどちらが上かを競う人がたまにいる。どうでもよいことなのに。
「これ、お願い」
記録作成をしながら考え事をしていると、不意に事務の早乙女さんが声をかけてきた。彼女は私よりも3歳下だが。この法人での経験は私よりもずっと長い。
「住宅型有料老人ホームでの調査ですか」
早乙女さんから書類を受け取る。認定調査の依頼か…。
「そう。出来たら私に頂戴」
早乙女さんは終始私にタメ口だが、私の先輩だからだ。認定調査の依頼を受ける場合、早乙女さんが管理する。実際に調査に行くのはケアマネ資格を持ち認定調査員研修を受講している私達ケアマネだ。その後の調査表の記入も当然私達が担う。
しかし過去に調査依頼を抱えているのに提出を忘れてしまっていたケアマネがいる為に、早乙女さんが提出書類を確認することになった。早乙女さんも忙しいのにありがたいことだ。
やはり現場と事務は持ちつ持たれつ。どちらが上かなどない。
「ああ、それと」
「はい?」
書類を私に渡すとさっさと戻ろうとした早乙女さんだが、ふと思い出したかのように振り向く。
「ちゃんと綺麗な字で書くように」
「…はい」
こないだ数字を雑に書いたとかで怒られたところだった。うちでは事務の方が偉い。
−−−−
自転車を走らせ約束の時間に余裕を持って到着する。『らでぃっしゅホーム 白宮』ここが本日の調査場所だ。
「調査員の方ですね、どうぞ」
インターホンをするとすぐに職員が中に通してくれる。
「相談員の九条と申します。よろしくおねがいします」
「調査員の松原です。こちらこそよろしくおねがいします」
今日は市からの調査を委託されて来た人間なので、所属している事業所の名前は名乗らない。
「家族様はもう来られています。本日は娘さんが同席です」
エレベーターのボタンを押しながら九条さんが説明する。
施設内で家族が同席しての調査は珍しいな。
私達は部屋の前に立ち、静かに扉をノックした。
「どうぞ」と女性の声が聞こえ、中に入る。椅子に腰掛けたいかつい男性の姿が目に入った。
この人が本日の調査対象を五十嵐さんか。
「なんだお前は」
挨拶をしようと思った矢先、不機嫌極まりないといった顔で五十嵐さんが口を開く。
「お父さん、今日は市の人が来るって言ったでしょ」
娘さんは五十嵐さんを嗜めるが…。こちらに気を遣う気配があまり感じられないな。少々手のかかる調査になるかもしれない。
「こんにちは。本日は介護保険の調査に伺いました。調査員の松原です」
私は調査員証を提示して、改めて挨拶をした。
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