『不穏な調査』

介護

「本日は介護保険の更新ということで調査をさせていただきますね。お忙しいところ申し訳ありませんが…」

「そんなもんいらん」

私が話終わる前に五十嵐さんが唐突に口を挟んだ。

「はい?」

「介護なんて俺にはいらん。別に困ってないしな」

介護が必要ないのなら住宅型有料老人ホームにいる理由などないのだが。手元の資料を確認すると、前回の認定で要介護1となっている。

本人が要らないと言ったところでそのまま帰るわけにもいかない。

「わかりました。では介護は要らないということで」

「え…」

相談員の九条さんが戸惑いながら私を見る。

「しかし、私も調査依頼を受けたので五十嵐さんのご様子を市に伝えないといけません。困ってないということでしたらそのまま調査票を書きますから、少しだけ普段のご様子を聞かせて頂けませんか?」

「ふん、なら仕方ないな」

「おそれいります」

私は笑顔で応対を続ける。生年月日をさり気なく本人に尋ねる。不躾に聞くと相手を刺激してしまう。

「では、1日の生活の流れを教えていただけますか?」

「毎日早くに起きてな、仕事に行く。ここに迎えの車が来るからな」

「お仕事、ですか。お忙しいんですね」

このやり取りを娘さんは苦笑いしながら眺めていた。自分から口を挟むつもりはないようだ。

その後も五十嵐さんの話が続いたが、どれも事実ではないのだろう。

立ち上がる様子や歩く様子を見せてもらったが、立ち上がる時に少し椅子の手すりを持つ程度だ。本人に喋らせると止まらないので時間がいくらあっても足りない。適当なところで話を止めながら、項目のチェックを急いでつける。

「お食事はいつも1人でですか?」

「ああ、誰かと食べるといったことはないな」

食事や排泄に関する質問はあっさりと済ませる。「自分でできる」と言うが、軽くメモを取る程度でチェックは空けておいた、娘さんはうんうんと納得げに肯いていた。

「では生活についての質問は終わりです。お時間とっていただいてありがとうございました」

静かにバインダーを閉じ、頭を下げる。

「細かい手続きに関しては、娘さんと九条さんにお聞きしておきましょうか」

「ご案内します。五十嵐さんはゆっくりしてらしてくださいね」

そう言って私と九条さん、娘さんも退室した。

認知性に関する質問は本人に直接聞くのは難しい。同席者がいるなら本人不在の場で聞き取るのがセオリーだ。

少なくとも『作話』は該当するだろうが…。どの程度生活に支障が生じているかの方が気になる。

−−−−

「多少物忘れはありますが、父は自分のことは自分でできるんです」

「…なるほど。先ほど、お仕事されてるとおっしゃっていましたね」

「そうですね、現役でバリバリ働いていた感覚がどうにも抜けなくて…。でもそれ以外はしっかりしています」

…。

なんだろう、違和感がするな。見れば九条さんも難しい顔をしている。無論娘さんに気取られないようにだが。さっきからほとんど口を挟まない。

「…だいたいお話はわかりました。調査票を書いて提出、それから結果が通知されるまでお時間かかります」

「娘さんもせっかく来られたのですから、五十嵐さんとお話していかれますか?」

「そうですね、差し入れも持ってきましたし」

「では」と九条さんは職員を呼び、娘さんを案内させる。

「今日はありがとうございました」

「こちらこそ」

娘さんを見送って、改めて九条さんに向き直った。

「この調査、まだまだお聞きしないといけないことがあるようですね」

「おわかりいただけましたか」

九条さんはため息をつき、私達は再度椅子に腰を降ろす。

娘さんの言うように手がかからないのなら、住宅型有料老人ホームにいる必要性は薄いだろう。

その事情が調査のポイントになるだろうな。


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