『認定調査』③

介護

「水貴ちゃん、お疲れ」

「お疲れさまです」

柏デイサービスに着くと、すぐに藤野さんが出迎えてくれた。

今日は溝端さんの体験利用の日だ。打ち合わせ通り、お迎えの時は娘さんが送り出してスムーズにいった。

調査が終わってからほとんど日が経っていないが、腰の痛みはマシになってきたと本人は言っているそうだ。

痛くて歩けないから、ということでデイサービスの迎えには車椅子を持って行ってもらった。だが、驚くことに今日は玄関までは這って移動し、玄関を出る時は支えられて立ち上がったという。

玄関の前につけた車に、介助されながら歩いて自分の足で乗り込むことができた。張り切って無理をされたのなら心配だが、痛みが軽くなって動けるようになってきたのは喜ばしい。

順調に体調が良くなれば、娘さんと息子さんの介護負担は軽くなりそうだ。

溝端さんのお宅のお風呂は深かった。一人での入浴は難しいし、危険度は高い。それは息子さんも承知でお風呂に関してはデイサービスに任せたいとのことだった。動けるようになってきても、しばらくはデイサービスでの入浴の方が安全だ。

今日の体験利用では、午前中に入浴することができた。フロアに目をやると、入浴して髪が整った溝端さんが座っていた。

「こんにちは、お加減どうですか?」

「ここにはたくさん人が来てるんだねえ」

初めてで緊張するかと思ったが、機嫌は良いようだ。

「お風呂入れてもらって、すっきりしたよ」

「それは良かった」

この後、実際の様子を見学しに娘さんがやってくる。小阪主任と藤野さんに利用の様子を伝えてもらう手はずだ。

「歩けないって聞いてたけど、介助したら歩けたし思いのほかお元気だよね」

そう言ってお茶を運んで来てくれたのは小阪主任だ。

「ありがとうございます。…調査の時は立てなかったんですけど、私もびっくりしてるんですよ」

自分で動いてお茶を淹れてくるとはなかなか殊勝な心がけじゃないか。ありがたく頂いておこう。

「さっきもカラオケ楽しんでたしさ。この調子なら利用は問題ないんじゃないかな」

なら、娘さんとの面談で話をまとめていこう。そう思い私はお茶を口にする。

−−−−

「母も楽しんでいるみたいですね」

溝端さんの様子を見て、娘さんも安心したようだ。

「他の利用者さんとも楽しくお話されていますよ」

「もともと人付き合いの好きな人でしたから」

デイサービスの流れについて説明する小阪主任に、娘さんは時折確認をはさみながら耳を傾けていた。

「もし利用されるとしたら…そうですね、火曜、金曜は送迎時間の調整はしやすいです。もちろん他の曜日でもできる限り調整します」

小阪主任は具体的な提案に入る。

「金曜日は私も都合が入ることが多くて…。できれば金曜日がいいですね。後は私と兄で協力して…兄も仕事が少し落ち着いてきたみたいで」

入浴のことも考えると、週2回くらいがいいのかもしれないが…。経済的な負担もあるし、暫定利用だ。無理なく週1回で調整するべきだろうか。

それにしても小阪主任も伊達に主任をやっているわけではない。話は要点を外していないし、まとまっている。今回はやる気があるということなのだろう。

「週1回で利用して、後で増やすことも大丈夫ですか?」

「その時は私が調整しますので、ご安心ください」

高い介護度が見込めるし、デイサービスの利用だけで限度額を超えることはない。改めて介護保険の点数とサービス利用について説明する。

「介護度はまだ出てないとのことですが、体を持てば歩けているし、要介護1か2ってところでしょう」

−!

小阪主任の言葉に、思わず固まってしまう。余計なことを…。動揺を出さないようにしなければ。

「はあ…」

娘さんは少し不思議そうな顔をしている。先日、要介護2以上かも、と私が伝えたのもあるだろう。

「まあ、ホントに介護度って結果が出るまでわかりませんから…。審査会というものが開かれるのですが、思わぬ結果になることもあります。保険証が届いたらご連絡ください」

そう言って私は場を取り繕う。サービスの内容には娘さんも納得したようだし、特に問題にはならなかった。

−−−−

介護保険を申請すると、市町村は申請者に対して認定を下す。

まずは調査を行い、主治医の意見も参照して介護の手間を判定するのだ。調査が行われた時点の状態で評価される。良い悪いではなく、そういうものだ。

調査の結果、要介護どれくらいになりますかと聞かれることは多々ある。そういう時に私は迂闊に答えない。予想を外すこともあるし、変な予見を与えたくない。

大きく外すと不信感を与えることにもなりかねない。私は結果が出るまでわからないですから、と断りを入れた上で曖昧に答えることが多かった。

今回のケースでは調査の時に立ち上がることが出来なかったし、歩けなかった。排泄にも手間がかかっていた。このような場合、経験上は要介護3以上になることがほとんどだ。

それは小阪主任に伝えていたはずなのだが…

デイサービスを利用した時に歩けている溝端さんを見て、小阪主任はその状態で評価されると思いこんでしまったらしい。思い込むのは勝手だが、具体的な予想を利用者に伝えるのはやめて欲しかった。

まあ、今回は協力してくれたし、あまり指摘しないようにしよう。

そう思っていると事務所の電話が鳴る。

娘さんからだ。要介護4の結果が届いた、とのことだった。


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