エピローグ:藤野ユリ
21日の予定は外せなかった。
その日は娘の高校の三者面談だ。今後の進路を決める大事な面談だ。娘は教師になりたいと、日頃から勉強を頑張っている。今更日にちを変えられないし、必ず行かなければ。
だが、黒川さんのサービス担当者会議が気がかりだが。その日にサービス担当者会議を行いたいとの水貴ちゃんの打診だが。小阪主任は断ったらしい。
在宅に戻ってからの過ごし方を確認したいという言い分はわかる。
だが、こちらのスケジュールをやり繰りして家族さんの都合に合わせるくらいは、やるべきなんじゃないのか?
その日、小阪主任はフツーに出勤している。私が休むくらいで行けないという意味がよくわからない。
思えば、ここ半年、小阪主任は新規の契約や担当者会議にまったく出席していない。何かあったら決まって行くのは私だ。そして私は担当者会議の記録作成や伝達に追われている。
小阪主任はそういった細々した仕事が嫌いなのだろう。一緒に働いているとヒシヒシと感じる。だが、担当者会議にまったく出ない管理者というのも、どうなのか。
「いいんですか?退院の日を変えるって大変じゃないですか?」
改めて小阪主任に確認するが、この人はまったく気にかける様子はない。
「いいっていいって、そこは松原さんに任せとけばさ。なんせあの子は若手のお…」
ガラッ
主任が喋っている途中で、玄関が開く音が聞こえる。若手のお…なんだろう?そんなことより来客かな?
「お疲れさまです」
やって来たのは水貴ちゃんだった。結局退院の日を変えてもらったのだろうか…?
「すみません小阪主任。21日に担当者会議したいだなんて、こちらの都合ばかり言ってしまいまして」
「いいっていいって」
小阪主任は事も無げに答える。水貴ちゃんが謝ることないのに…。そこは私達の方から謝ったっていいくらいだ。水貴ちゃんはしおらしく、申し訳なさそうにしている。
「それで、結局退院は先に延ばしてもらうの?」
尋ねる小阪主任に、水貴ちゃんは申し訳無さそうな顔のまま答える。
「病院の都合を聞くと、これ以上入院を伸ばすは難しいといったところですね…。最悪、21日に退院して、しばらくサービスの利用なく過ごしてもらうしか」
椅子に腰掛けた水貴ちゃんは力なく答えるのだった。困っているようだ。これを見て小阪主任は放っておくのだろうか。
「うちも通常業務こなさなきゃだから厳しいんだよね〜」
ダメだ。なんとかしようという気配が、まったく感じられない。主任が行けばそれで済む話なのに。
「このまま21日退院になるかと」
やはり、そうなってしまうのか。せっかくの新規利用なのに、すぐに利用希望に応じられなくて申し訳ない。
「でも、21日に退院されたら、私だけでも午後から黒川さんの様子を見に行って来ますよ。せっかく出勤にしてもらったし」
「「えっ…」」
「水貴ちゃんも、21日休みなの?休日出勤するってこと?」
たまらずに私は尋ねる。
「いえ、流石に休日出勤は…。もとは公休だったのですが、代休取って調整すればいい」
「そ、そこまでする必要ないんじゃないかなあ」
小阪主任は焦っているようだ。自分は担当者会議の打診を自分の都合で断ったのに、水貴ちゃんは出勤調整して相手の都合に合わせようとしている…。この構図は。
「どうしても家族さんの都合は調整しづらいようで…。私のことは気にしないでください。管理者にかけあえばよいだけです。柏デイサービスの皆さんにも、無理は言えない」
水貴ちゃんは涼しげにそういうのだが…。余裕かましていた小阪主任の顔に、みるみるうちに焦りが浮かぶ。
「い、いや!いいよ!松原さんが動くなら、うちもなんとかする!」
とうとう行くと言い出した。
「いえ、本当に無理なさらないでください。忙しいんじゃないですか?」
「それは俺がなんとかするよ!」
「本当ですか?私のワガママに付き合わせているようで申し訳ない…」
水貴ちゃんはしおらしい態度を崩さない。
「こういう時はお互い様じゃん!あっ、俺ちょっと病院に書類持ってかなきゃだから、時間とかはまた後で!」
そう言うと小坂主任はいそいそと出て行くのだった。
デイサービスには私と水貴ちゃんだけが残っていた。
フフッ、と水貴ちゃんが声を出す。さっきまでの困った表情は消えていた。不敵な笑みを浮かべるとはこういう事か。
「やはり心を込めて話せば、わかり合えるものですね」
こうして無事に黒川さんの受け入れを進めることが出来たのだった。
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