『困難事例①』

介護

「私は、介護のイメージアップに命をかけて取り組みます!それが私のミッションです!命をかけるとは命を削るという意味で…」

男がそこまで喋ったところで私は動画を閉じる。今観ていたのは『介護エターナルカップ』というイベントだ。

このイベントでは、様々な取り組みをしている介護事業所がエントリーして、自らの取り組みをプレゼンする。名前は大層だが知名度はない。

さて、どんな取り組みだろうかと思って動画サイトで確認したのだが、自画自賛が酷かった。

イメージ改善、というが、こういう人たちが介護のイメージを変えたところでどうなるというのだろう。現実は何も変わらない。

−−−−

「それで、相談ってなに?」

「実はですね、うちを利用してる方なんですけど、ケアマネさんが…」

実績入力でてんやわんやしている事務所に、相談があると小阪主任がやってきた。取り敢えず管理者の倉橋さんが話を聞く。

相談ごととはいったい何なのだろう。倉橋さんは、元は柏デイサービスの立ち上げ時の管理者をやっていた。小阪主任は倉橋さんの元で働いていて、今も頭が上がらない。小阪主任が遠慮しがちに接する数少ない人だ。

「うーん、それはつまり…」

「いえ、本当に無理ならいいんです」

「ちょっと考えてみる。また連絡するから」

そうやり取りして小阪主任は帰っていった。話の内容は聞こえていなかった。なんの話だったのだろうか。

「松原さん、ちょっといい?」

「はい」

倉橋さんが私を呼び出す。嫌な予感がするが、いったいなんだというのだろう。

−−−−

「…それはなかなか困った案件ですね」

「うちは件数ギリギリまで受けてるし、断ることもできるけどね」

小阪主任はなかなか難しい案件を持ってきてくれた。

今回の利用者は90歳、女性、独居。

気難しい性格で、気に入らないヘルパーにとてもきつくあたる。あなたはオムツのあて方が悪いとか、そんなこともできないの、とかボロクソに言うのだそうだ。

毎日2回ヘルパーが訪問し、朝にベッドから車椅子に移乗し、日中はテレビを観て独りで過ごす。夕方になるとまたヘルパーがやってきて、排泄介助をしてベッドに寝かしてオムツを交換して帰る。

なかなか珍しい生活パターンだ。要介護5。これで独居してるだなんて、普通は特養に入っていてもおかしくない。入浴は週1回のデイサービスだ。柏デイサービスに通っている。

不満を訴えるのはヘルパーだけでなく、ケアマネに対してもだ。前任のケアマネには、ガス代を払って来いと要求し、それはケアマネの仕事ではないと説明したら逆上して怒鳴り散らしたという。「あんたなんかクビ!」とケアマネに言い渡し、代わりのケアマネを探すことになったらしい。

このパターンで10回以上はケアマネが代わっているらしい。それを私に行けというのか。前任のケアマネは引き受けてくれるケアマネがいないと、柏デイサービスに相談した。系列の居宅介護支援事業所(ケアマネ事務所)で受けてもらえないだろうかと。

小阪主任もその人に対応する難しさは十分に承知の上だ。相談を受けた以上は仕方ないと取り敢えずうちに話を持ってきた。

「いわゆる処遇困難事例ってやつね。困っているみたいだから、引き受けてみるのもありかもしれない。行ってみて、利用者から「代われ」と言われたら私達も撤退する」

受けてしまえば、私達の方から引き下がるのは容易ではない。支援が必要な人に対しては、誰かが引き受けなければ人権問題になってしまうだろうな。

「まあ、私にどこまでできるかわかりませんが」

「ごめんね、私は件数これ以上持てないから」

いったいどんな人の相手をするのだろうか。私も3ヶ月も続くかどうか。

自信はないが、私は初めて困難事例を手掛けることになった。

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