『ALS』

介護

ALS −筋萎縮性側索硬化症

この病気は運動を司る神経が弱っていく難病だ。患者は徐々に筋肉が衰え、立ったり歩いたり、日常生活が困難になっていく。

食べること、飲み込むことだって難しくなる。呼吸する筋肉さえも弱っていくので、人工呼吸器の使用が必要になる。

ケースのプロフィールを渡された私は困惑していた。10万人当たり1人か2人かしか発症しないこの病気について多少は知っているが、実際に対応したことはない。

人工呼吸器の使用が不可欠とも言えるこのケースは、本来なら看護師資格を持っている他の先輩が担当した方が良さそうなものだが…

「ごめんね、黒柳さんは他に新規を受けたばかりだし、これ以上は負担をかけられない」

管理者の倉橋さんに申し訳無さそうに言われてしまった。

今回は保健所からのバックアップがあるそうだ。保健所は難病支援も行っているのだが、ALSはとりわけ難しい病気という事もあって支援は手厚い。

看護師資格を持つ黒柳さんもALSの対応はしたことが無いということだし、私が保健師や訪問の看護師と協力しながら対応していくしかないか…

「この方、申請中でまだ介護認定はおりてないですね。どこまで話が進んでるんでしょう?」

「1ヶ月ほど前に診断がおりたばかりだからね。保健師さんと病院の相談員で退院日の調整が進んでるそうだから、まずは保健所に確認してみて」

この方…滝沢さんはまだ64歳だ。ケアマネとして担当するケースとしては若い。どんな人なのだろうか。

保健所に電話をして、担当になった事を伝えた。退院日に合わせ、自宅で初回面談をすることになった。訪問看護ステーションの看護師と、保健所の保健師、介護者の夫も同席して一同顔合わせだ。

とんとんと話が進んで行くが、緊張が抜けないな。本人や家族の前ではしっかりしないとな…。

−−−−

「滝沢です、よろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします。ケアステーション柏の松原です」

滝沢さんは笑顔がお淑やかで、優しい雰囲気の人だった。所作のひとつひとつに上品さがあり、つい緊張してしまう。

「保健師の岡林です。よろしくお願いします」

岡林さんも保健所の中では難病支援のベテランとのことだった。こちらもまた相談しやすそうな優しさがあり、多少は緊張がほぐれるか…。

夫と、訪問看護師と、一同の自己紹介が終わり、今後の療養の方針の話へと移って行く。

「滝沢さんは指定難病の診断がありますし、ALSの場合、訪問看護は医療保険での提供になります」

看護師の三鷹さんが説明する。滝沢さんも夫も若いだけあって、理解が早い。

夫は中学で英語の教師をしていたそうだ。本人も同じく中学の教師で、担当は音楽だった。50歳の手前で退職し、ピアノ教室をしていた。

昨年の秋頃から腕がだるく、階段を上がる時に息切れがするのでおかしいとは思っていたらしい。だが受診してもすぐには原因がわからなかった。

いくつか病院に通ってみて、神経内科の名医の遠山クリニックを受診したところ、詳しい検査を受けるようすぐに言われたそうだ。

湊記念病院の検査でALSの診断が下った時には、血中の酸素濃度が低下しやすくなっていた。

今、目の前に座っている滝沢さんは、言われなければ病気の人だとはわからない。だが歩けば息切れがしてしまうのでトイレに行くとなれば大変だ。夜は人工呼吸器を着けて寝なければならない。

マスクをして装着する人工呼吸器は、圧力を調整して呼吸を助ける。

進行性のこの病気を診断された本人の気持ちはどうなのだろう…。滝沢さんは優しい笑顔を絶やさないが、心の中はわからない。

訪問看護は週に2回から開始となった。これは医療保険の管轄になるので、ここまでは給付管理などは必要がない。

「介護保険としては、車椅子やベッドのレンタルのサービスが必要かと思います」

「まだ認定がおりてませんが、使えますか?」

「もちろん、認定の兼ね合いもありますが…、来週頭に早速調査がありますね」

「ええ」

「その調査に同席させてもらいたいと思っています。調査員さんが帰られてから、入れ違いで福祉用具の相談員さんに来てもらおうかと思っています」

福祉用具のレンタルは介護保険サービスだが、どちらも原則的には要介護2以上で認定されなければ使えない。

今の滝沢さんの状態だと。要介護2以上で認定されるかどうかは疑わしい。

だがそれでも打つ手はある。私は今後の手順を説明しながらも、更に頭の中で段取りを練っていた。


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