『医療保護入院』②

介護

「皆さんで、母を説得して病院に連れて行ってもらうことはできないのでしょうか?」

反町貴子の娘、灰原の言葉を聞き、一同はしばし沈黙する。

「本人が納得してないのに入院させるのはちょっと抵抗があるというか…」

センター長の長澤はうーんと小さく声を出し、考え込んでしまった。同席した保健所の宮武も渋い顔をしている。

『どうにもなりません。娘さんが無理にでも病院に引っ張っていってください』

率直にそう言えればどれほど楽だろうか、と松原水貴は考える。

いろんな人がいろんな手段を試した。だがそれでも状況は変わらない。水貴の提案で一度でも精神科に受診できた事が、奇跡のようなものなのだ。誰かの説得で本人が納得して入院するなど、まずあり得ない。

今回の件は保健所と病院で相談をしてくれた。家族が同意すれば、入院として受け入れる事は可能だそうだ。だが、いつ誰が病院に連れて行くか、それを考えなければいけない。包括支援センター、ケアマネジャー、保健所、その誰もが、無理やり病院に連れて行くことはできない。できるのは家族だけだ。

だが、話し合いの場にやってきた灰原には、入院させる事にためらいがある。それは予想していたが、他に手はないというのに。

「松原さんが説得してなんとかなりませんか?」

「流石にこれ以上は…。正直に言いますと難しいと思います」水貴も困った顔をして答える他ない。

誰かが説得してくれれば、誰かが病院に連れて行ってくれれば、その発想は全て他人頼みだ。

灰原の言い分はこうだ。無理に病院に連れて行けば、本人から恨まれるし、治療した後の関係性が悪くなるだろう。今後の生活を周囲がサポートするために穏便に済ませた方がいいんじゃないか、と。

もっともらしく言うが、水貴にはその発想が甘いとしか思えなかった。

第一、今後と言うが、大事なのは今だ。独居で被害妄想により、いつどこで生活が破綻してもおかしくない。まずは治療を受けさせ、その後の事はその時に考えればいい。やる前から治療をした後の事をあれこれ心配して、今の問題がいつまでも解決できないようでは、話にならない。

だが、ケアマネとしては家族の意向を最優先するしかなく、水貴としても強く出るのは難しかった。

「松原さん、ヘルパーさんはまだ入れそうですか?」長澤が水貴に向き直り、訊ねる。

「今月はなんとか。ヘルパーさんもあれこれ工夫はしてくれてますが、来月はもう無理かもしれません」率直に水貴は質問に答える。

「灰原さん、ヘルパーが入れないとなれば、松原さんにもう協力してもらうことはできないと思います」長澤は灰原の方に再び向き直る。

「松原さんにもこれ以上負担をかけられないと、私達包括支援センターとしても考えておりまして」

「…」灰原からの答えはない。

「反町さんの話を聞くに、幻聴もかなりあるのでしょうね。そのような幻聴がずっと聞こえているなら、ご本人にとっても辛いかもしれません」

「やはり、私には…。いえ、少し考えさせてください…」灰原はうつむき加減にそう答えるのが精一杯のようだった。

「大事な事なので、他のご家族ともよく話し合ってください」

長澤の言葉で、話し合いは締めくくられた。

果たして、家族は決断できるだろうか。

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