『困難事例⑥』

介護

「…と言うわけで、こちらからの支援は終結です。後は特養(特別養護老人ホーム)がうまくやってくれるかと」

「本当になんと言っていいか…。ありがとうございました」

私は地域包括支援センターに報告に訪れていた。

老健へのショートステイで立山さんの褥瘡はケアされて、いったん状態を落ち着かせることができた。いつまでもショートステイを続けることはできない。かと言って自宅に戻るのはリスクが高い。

そこで私は連絡の途切れていた立山さんの息子に連絡を取り、立山さんの今後について考えるため、面会に来てもらうことにした。

この息子さんも何かと強情で我の強い立山さんに手を焼いてきたのだと言う。いろいろ事情があったのはわかるが、ここまで来たら家族に決めることを決めてもらわないとどうにもできない。

最終的な受け入れ先として、私は特養への入所を提案した。立山さんは自宅に戻って好きに過ごしたいと願望を口にしたが、ここまで衰弱してしまっては残念ながらその願いは叶わないだろう。息子さんの説得もあり、入所申し込みに同意してもらった。

私のような在宅のケアマネは、あくまでも在宅生活を支援するための介護保険サービスを調整するのが仕事だ。

特養に入所となれば、担当は特養のケアマネに交代する。特養での生活のプランを特養のケアマネが組む。これで立山さんは正式に私の手を離れることになるのだ。

ショートステイはあくまでも在宅生活のサービスの1つ。そこまでは私の役目だが、後は違う。特養のケアマネへの引き継ぎも終えている。

「今まであの方は無理を言い過ぎて、いろんなケアマネさんを困らせてきました。松原さんもそうだったんじゃないですか?」

「確かに無理なことはよくおっしゃっていましたね」

センター長の言葉に、思わず苦笑してしまう。

確かに今までのケアマネが困っていたというのもよくわかる。会えば必ずヘルパーへの文句を口にしていた。

だがいちばん大変だったのは文句を言われながら介助するヘルパー達だったろう。それを思えば私の苦労など大したことはないと思った。入院を受け入れてくれない時は流石に焦ったが。

「今回の件は私も勉強になりました」

最終的には施設に入所できて結果オーライなのかもしれないが、たまたまだ。もし私が立山さんの機嫌を損ねていたら、交代を告げられ次のケアマネが苦労していたかもしれない。ついぞ立山さんは私にクビを言い渡さなかったが、その理由もよくわからない。

「松原さんが優しく立山さんに接していたからうまくいったんでしょう」

そうセンター長は言うが、腑に落ちない。適当にあしらったり、入院を強く勧めたり、優しさだけを見せたつもりはない。それに今回の件では、みんなに迷惑をかけた部分もある。複雑な思いで私は地域包括支援センターを後にしたのだった。

−−−−

「1人の利用者に対して、あそこまで時間をかけたらね。他のケースもあるのだし、考えて動かないと」

「すみませんでした」

先輩からの叱責に私は謝罪を口にする。

先輩の指摘はもっともだ。ケアマネはまずケアプランを組み、サービスを調整する。

サービスが動き始めたら、最低月に1回の訪問で在宅生活が滞りなくできているか確認して記録する。

そうして月毎に使ったサービスを集計して、翌月初めに利用したサービスの点数を計算して行政に報告する。そうして定められた介護報酬をケアマネの事業所が受け取ることができるのだ。

たとえこまめに呼び出されサービスの変更を何度行ったとしても、報酬額は変わらない。

私は立山さんに入院やショートステイを受け入れてもらうため、何度も足を運んで顔を合わせた。その説得のほとんどは失敗に終わっている。見方によっては事業所の利益にならないのに、やたら時間を費やしたようにも見えるだろう。

私のやり方に私自身疑問を感じないでもない。立山さんのもとに足を運んだ分、本来なら他の利用者の対応にも時間を使えたはずだ。プロとして、私のやり方は間違っていなかったと言えるだろうか?

そう疑問を感じざるを得なかった。もっとも、先輩が私の仕事に不服があるのなら、代わってやってもよかったのだが。

「…」

私の隣の席では倉橋さんが黙って聞いている。この人の考えるところはよく読めない。こういうところがある意味苦手だ。

「今回の件はいろいろ大変だったと思うけど、ともあれこれで終わりだし」

ようやく口を開いた倉橋さんは、一束の書類を取り出して私の前に置く。

「これは?」

「また、新規の依頼。ほっとしたところ悪いけど、また依頼を受けて欲しい」

新規依頼か。望むところ。立山さんが入所したということは私の受け持ちが1件減るということだ。その分、売上だって入らない。依頼をどんどん受けなければ、事業所としても立ち行かない。

「今回のケースは、松原さん、あなたをご指名。包括のセンター長からよ」

「「えっ」」

指名を受けたのは初めてだ。受けるケアマネを指定して依頼をかけるのはそこまで多くはない。先輩も驚きの表情を見せていた。包括支援センターは公平にケアマネに依頼するように努めなければいけない。

「例によってこれも難しいケース。確証はないけれど、介護者からの虐待の可能性があって、包括も注意して対応してるんだって」

「…」

プロフィールシートに目を通す私はしばし考え込む。今回も一筋縄ではいかないのかもしれない。

「こういうケースは包括や行政とも協力して対応しなければならない。難しいケースだけど、指名だしね。お願いできるわね?」

「もちろんです」

難しいケースだからと言って、物怖じしていては何も始まらない。立山さんのケースで至らないところがあったのだとすれば、その経験を次に活かすしかない。

「ケアステーション柏の松原です。今回は依頼ありがとうございます。お受けしますので、詳細を教えて頂きたいのですが」

包括に電話をかけ、私は告げた。


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