『言語聴覚士と管理栄養士』

介護

「少し声を出してみてください」

言語聴覚士(ST)の安藤さんに声をかけられて、滝沢さんは「あー」と小さな声を出す。

私は滝沢さんのリハビリに立ち会っていた。理学療法士(PT)がリハビリに入る時もある。今日は言語聴覚士による発音や嚥下のリハビリが行われている。

「今朝は何を召し上がりましたか?」

「今朝はバナナを。主人が切ってくれました」

朝食の準備はいつもの夫がしている。胃ろうを作った後も夫は毎朝、食事の準備をしていた。胃ろうに栄養を注入するのは、夕方だけだ。

「胃ろうはいつもの看護師さんに助けてもらってますけどね」

どこか照れくさそうに夫が答えるのだった。

家族にやってもらうのも1つの方法なのだが、難しければ訪問看護が行う事だって必要だ。もちろん、いざという時は夫もやり方はわかる。

だが夫は高齢でもあるし、家事全般や着替やオムツ交換だって行っている。介護疲れがたまらないように配慮する必要がある。

家族の介護とサービス提供事業所の協力で生活が成り立っている。夫の介護は私の目から見ても献身的だ。

「それにしても、ここまでしっかり食べれているのはすごい」

安藤さんは感心した素振りで、率直な感想を口にするのだった。

「やはり、お粥も少し固めでもいいでしょうか?」

私が今日この場にいるのは、普段の食事形態について確認するためだ。

本人の希望があり、やはり普段の食事の満足度はなるべく維持したい。それを聞いて遠山医師も食事の内容を気にかけていた。

「普通は食べる事がまず難しくなり、他にできない事が増えていくものです。こういうケースは珍しい」

一昨日の往診で遠山医師も驚いていた。

食べる事にだって筋肉を使う。ALSはその筋肉を少なくしていくのだから、当然食べるという行為にも支障をきたす。噛むだけではなく、口の中で食塊を作って、飲み込む。

夫は看護師のアドバイス通りに、最近は細かく刻み、柔らかく煮込んだ料理を食べさせていたのだが、本人は食べていても満足感があまりないのだと言った。

夫の工夫や努力が間違っているわけではないと思うが、具体的に食事の内容を充実させていくには、更に踏み込んだ専門的アドバイスが必要だ。

アドバイスの内容を共有してケアに活かしていくために、私は安藤さんのリハビリの様子を拝見させて欲しいとお願いした。訪問看護ステーションからリハビリを提供している安藤さんは快く応じてくれた。

「水を飲み込む様子も確認したのですが」

少し考えながら安藤さんは答える。

「細かく刻むよりも、少し大きめに刻んだ方がいいかもしれません。柔らかく煮たり、工夫は必要ですけれど。これ以上は管理栄養士さんにアドバイスをお願いした方がいいかもしれません」

管理栄養士さんか…。

そこまでの考えには至っていなかった。言われるまでその発想に行き着かなかったのだが、言われたら確かに管理栄養士の方が食材の工夫に長けている。

そのアドバイスを聞けただけでも今日立ち会った意味があるのかもしれない。この地域では、管理栄養士が在宅に訪問するというサービスは一般的ではないが…。

しかし管理栄養士の訪問は介護保険の範囲で行えるサービスの1つではある。ならばその提供ができないかどうか、調整してみるのは私の仕事でもある。

「栄養士さんに来てもらう事もできるんですか?」

夫は私に尋ねるが、即答はできない。

「そういうサービスも介護保険にはあるので、来てくださる栄養士さんがいるか、あたってみましょうか?」

滝沢さんも夫もお願いしたいという事だった。ならば少し考えてみよう。

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