『死を楽しむことは生きることを楽しむこと』というご意見について

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とても、とても不快な記事がありました。年末頃に公開された記事ですが、葬儀会社と寺の住職と介護サービスの事業主の対談記事でした。

その記事ではさかんに「死を地域に取り戻す」と言われていました。

彼らいわく、現代は病院で亡くなることが多くなり、死が日常生活から遠ざかっているのだとのことです。

確かにそれはわからなくもありません。医療が発達し、亡くなる方の多くは病院で亡くなっています。

私たちの日常において人の死が話題に上がることは多くはありません。そういう意味では死は遠くにあると言えるのかもしれない。身近にはない。

人はいつか死ぬことをもっと意識してもいいのかもしれないでしょう。ですが、彼らが言う「死を地域に取り戻す」は少し方向性が違う気がします。

介護サービスの事業主がそれを言うと、どうも自分の施設で亡くなってもらうよう、その施設の利用を促しているようにしか見えなかった。

そしてその流れで介護事業主が信じがたい発言をします。

「生きることを楽しむことは、死を楽しむこと」

的な発言をしていました。もっとも、その記事の箇所は現在では削除され、介護事業主は「自分が言っていないことを記者に勝手に書かれたので削除してもらった」と後に発言していました。なので、そういう設定ということにしておきますが…。

しかし、その箇所が記者が勝手に書き加えたものだとして、記事にそのような記述があったことは残念としか言いようがありません。

いったい何を考えてそのような文言を入れてしまったのでしょうか。

普段からもっと死ぬことを意識して生きていてもいいのかもしれません。ですが、死を楽しむ必要はないでしょう。発想の飛躍が過ぎます。

そんなことを言う人ほど、死が遠くにある気がする。

いろんな死があるでしょう。事故で苦しんで死ぬ人も、若くして突然死をする人だっている。自ら死を選ぶ人もいますが、その人なりの苦悩がありそうしたわけでしょう。

どんな理由をつけようとも、死を楽しむなどという言葉が出てきた理由が、皆目見当がつきませんでした。

ずいぶん不見識な記者が書いたのだと思いますが、死をネタにしたような記事は不愉快極まりない。

死を怖がるのも、怖れるのも当然のことだと思います。

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