インフルエンサーを目指していた若者が引っ越しして無職になりました②

俺は東野のサロンのメンバーと、積極的に交流するようになった。さすがに北海道は東野サロンのメンバーが注目しているし、元から北海道に住んでいた人は積極的にオフ会を開催し情報交換していた。俺もそこに参加し、メンバー達とラインを交換する。他にも東野が直接足を運んで開催されるイベントがあった。イベントの後の懇親会では、必ずと言ってもいいほど有名起業家が来ていた。

オンラインサロンの交流からビジネスを発展させているという連中も来ている。介護系のビジネスやセミナーをやっていて、独自にオンラインサロンを展開して稼いでいるらしい。そういった連中とも俺は酒を酌み交わし、情報交換することにした。俺が実際に介護の経験がないのに、ブログで情報発信してアクセスを稼いでいる事を伝えると、彼らは興味深く俺の話を聞いていた。「働いてないのにここまで書けるなんて凄い」と彼らは俺を褒めそやした。そうだ、俺はTwitterでグチグチ人の悪口を書いている奴等とは違う。行動しているのだ、稼いでいるのだ。俺は称賛されるべきなのだ。

北海道に来てからというもの、アクセスは頭打ちになり収益は伸び悩んでいた。貯金があるから食うには困らないが、多少の焦りは感じていた。だがサロンメンバーとの交流はそんな焦りを忘れさせてくれた。そうだ。俺は称賛されるべきなのだ。俺が本当に介護の仕事をしているかどうかなんて問題じゃない。介護の仕事をしているが惰性で日々を生きているだけの奴等に代わって、俺が介護の魅力を皆に発信してやってるんだ。感謝されたっていいくらいだ。

俺は流れで、東野のサロンメンバーが主宰する介護系のオンラインサロンに登録することにした。会費はちと高かったがそんな事は問題じゃあない。このコミュニティで交流すれば、ブログの営業にもなる。アクセスが増える。皆が俺のブログを宣伝してくれる。これで俺はホンモノのインフルエンサーになれるのだと、気分が良かった。

反面、Twitterで声かけられた介護クラスタのオフ会に参加した時は気分が悪かった。俺はTwitterでは介護職であるという設定なので、オフ会で介護のやりがいとか楽しさを伝えるのだが、参加者はどこか冷めたような雰囲気だ。スミレとかいう女が俺の近くに座ったが、話しかけても「ふーん」とか「へー、スゴイっすねー」とかまるでうわの空だ。コイツはいったいなんのためにここに来たんだ?だいたいオフ会だってのに皆マスクを外さないし、距離を空けている。いくら感染症が心配だからってこれじゃオフ会の意味がないだろ?オンラインサロンの集まりじゃこんな時くらいと皆マスクを外して飲み食いしてるというのに。興が冷めた。やはり行動しない連中と同じ時間を過ごしても得るものがない。


北海道に来て2ヶ月。俺のブログの収益は15万で頭打ちだった。だが焦るなんて事はない。東野サロンに入っていればビジネスチャンスはいくらでも転がっているからだ。

俺はブログ更新は今までのペースにとどめながら、東野サロンのメンバーと打ち合わせを重ねていた。『となりのペペロ』の映画公開に合わせてサロンメンバーの中ではある儲け話で持ち切りだ。東野サロンメンバー限定で、ある特典を購入できるらしい。映画チケットとペペロ人形をセット価格5000円で好きなだけ購入できるらしい。ペペロは映画に登場する主要キャラクターだ。人形は今回の映画公開に合わせて限定生産されたレアモノだ。

数量限定生産だが、すでにサロンメンバーの中では激しい争奪戦が起きていた。さすがの東野もここまでの反響は予想していなかったのだろう。東野はペペロ美術館の建設を1日手伝える権利を1万円で購入者を募っていた。これもクラウドファンディングというやつだ。東野は映画チケットとペペロ人形を、これまでの映画公開に多大な貢献をしてくれた人に託したいと、美術館建設のクラウドファンディングに応募した人に優先販売したいと言い出したのだ。購入可能数はペペロ映画制作への貢献度に応じて、とのことだった。

当然、俺は東野のクラウドファンディングに出資していた。10万円払い、ペペロ美術館建設のため10日間汗水垂らして働いたのだ。美術館のシンボルである灯台のモニュメントが完成した時は感極まって涙が溢れそうだった。そのリターンを得る時が、今やってきたのだった。

俺は俺以外の東野サロンメンバー2人と合計で300セットチケットと人形を購入する。購入したセットは任意の価格で販売してもよい。1セット5000円での購入だが、それを1万円で売ってもいいし、なんなら定価の10倍の5万で売ってもいい。俺の割当分は100セット50万円だが、倍の値段で売れれば100万。差し引き50万円の粗利だ。完売なら来月の家賃を心配する必要もない。

もっとも、最低2セットは残しておかないといけないが。俺と紗希の分だ。俺は映画のラストを2人で見届けた後、映画館で紗希にプロポーズすると決めていた。感動のラストシーンを迎えた後、そのままプロポーズ。悪くないと思っていた。問題は紗希が家業が忙しく、最近は週に1回くらいしか会えていないことだが、これは問題ないだろう。俺が稼いで紗希の実家に援助すれば済む話だ。

俺達が計画を練っているうち、とうとうチケットとペペロ人形が俺達の手元にやってきた。


これがペペロ人形か…

さすがにペペロ人形も超1流のクリエイターに作らせただけあってクオリティーが高い。ペペロは港町に住む少年ルベーノが海から釣り上げた深海魚から生まれた半魚人という設定だ。見た目はグロテスク、体からはヘドロのような臭いがする。だが心は誰よりも綺麗で夢を諦めない少年ルベーノを成功に導いていくという設定だ。このストーリーに心打たれない人はいないだろう。サロンメンバーの特典で、俺達は公開前の映画の台本を読ませてもらった。「見た目がグロテスクでも、見た目だけで判断してはいけない」という極めてメッセージ性の高い作品だ。半魚人を模したペペロの口元は耳まで裂けているが耳から口元にかけて半分くらい縫い合わせてある。これはルベーノが縫ったものだ。このグロテスクな顔にルベーノの優しさも込められているのだ。

「さあ…、これがいくらで売れるか、楽しみだよな」

サロンメンバーの1人がそう呟く。思わず俺の顔からも笑みが溢れていたに違いない。


私は、タツマくんの家に走っていた。

タツマくんが私を追いかけて北海道に来て3ヶ月。彼が私と一緒に北海道に来るつもりだと聞いた時は、あまりの唐突さに驚いた。でも、嬉しかった。

今の仕事を辞めて独立するって聞いた時は、心配しかなかった。だってまだ29歳だし、副業のウエブライティング?というものを聞いた時も難しくて私にはよくわからなかった。でも

「大丈夫だよ。紗希は何も心配しないで」と自信たっぷりに言うタツマくんの声を聞いて、信じようと私は思った。−それが間違いだったかもしれないと気づいたのは、彼が北海道に来てすぐのことだった。

…思えば東京にいた頃から彼は少しおかしかったのかもしれない。彼の家に行けば、お笑い芸人の書いた自己啓発のような本が棚に何冊も並んでいる。プログラミングとかマーケティングの本は前からあって、その時はただ勉強熱心なだけだと思っていたけれど、彼との話題も成功するためには〜とか、行動が〜とか、私にはどこかついていけない雰囲気だった。

私は成功とかどうでもいい。与えられた仕事や環境の中で自分にできる事をする。それが一番大事だと思っていた。居酒屋チェーンの会社にいた時は上司は厳しい女性だったけど、私が落ち込んでいた時は、すぐに察してくれた。私が自分で答えを出すためにどうすればいいか、いつも的確なフォローを入れてくれた。理不尽な他部署の上司から無理難題を押し付けられそうになった時は、激しく突っぱねてくれた。私が家庭の事情で実家に帰らなければいけないと相談した時は、心から私の身を案じて優しい言葉をかけてくれた。

私はいろんな人に守られて、生きてこれたのだと心から思う。だからその分私にできる事をして、私の精一杯で皆と一緒に生きていたいと望んでいた。

だけどタツマくんは違ったのかもしれない。彼は周りの人から認められることに飢えていたような気がする。上司からの評価、周囲からの目、いつもそれを気にしているように見えた。自分を承認してくれない人は拒絶してしまう、どこか寂しさのあるような人。

そんな彼の傾向に私は薄々危うさを感じてはいたけれど、拍車がかかったのはやはり彼が北海道に来てからだ。一方的な時間に連絡が来るし、自分の話ばかり。こちらの話は聞いているのかいないのかわからない。そのクセに今の仕事はどうか尋ねてもいつもはぐらかされる。家業の手伝いで忙しかったこともあって、いつの間にか私から連絡するのを避けるようになっていた。

「紗希ちゃん、大丈夫?何かあったらいつでも言ってよ?」

菫(すみれ)ちゃんは私にそう言った。小学校からの幼馴染み。久しぶりに実家に戻った私と再開した彼女は見違えるほど綺麗になっていた。変わったのは見た目だけじゃない。社会福祉法人に就職して幹部候補として経験を積んだ彼女は、私と同い年とは思えないような貫禄を漂わせていた。

彼から連絡が途絶えて数日。タツマくんはこまめに私に連絡をしてくれていた。もっとも、私から何か尋ねてもいつも気のない返事をしたいたけれど…。そんな彼の声も、日を重ねるごとに少しずつ沈んでいくような嫌な感じはしていた。そして2日連絡がなく、3日目、私から連絡をする。

…返答なし。ラインにも既読が付かない。どうしよう、何かあったのかなと思った瞬間、菫ちゃんの顔が何故か頭に過ぎる。

考える間もなく、私は菫ちゃんにメッセージを送っていた。すかさず菫ちゃんからの着信がある。

「…何もないとは思うけれど、それはすぐに行った方がいいんかじゃないかな。何も無ければそれで良かったで済むし、ね?」

菫ちゃんの声は、温かさもあったけれども、感情を押し殺しているような無機質な声にも聞こえた。

「うん…。行くよ。今すぐ、行く!」

「あっ、私も行くからね!」

慌てた声で菫ちゃんの声が響く。菫ちゃんが言うのが早いか、私は急いで身支度を整えていた。

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