小説

介護

『看取り⑤』

インターホンを押す前に私は居住まい正す。 6月だというのに雨がほとんど降らず空には雲ひとつない。水嶋さんの家に行くには大きな坂を越えて行かなければならない。 息を整え、額に流れ出る汗をハンカチで拭き取る。吹き抜ける風は気持ち良...
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『看取り④』

滞りなく進む会議というものは、決して司会進行の力量だけでなされるものではない。 参加者が明確な目的を共有する時は、多少進行が拙くともすんなりと進んでいくものだ。 今日のカンファレンスでは水嶋さんの病状、今後の予測と対応、退院し...
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『看取り③』

湊記念病院の相談室に通される。そこには相談員の望月さんと看護師、そして水嶋さんの娘さんの姿があった。 今日は水嶋さんの退院前カンファレンスだ。うちの系列の訪問看護ステーション柏の音無主任に車で連れて来てもらった。音無主任と私は軽く頭...
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『看取り②』

湊記念病院の1階のロビーには4人がけの大きなソファーがいくつも置かれていた。そのうちの1つに私は腰掛ける。今日は水嶋さんが入院した翌日だ。 大きな病院だけあって、ひっきりなしに人が訪れていた。だがこのロビーには人影が少ない。 ...
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『看取り①』

私はアドレス帳を開き、いつも頼んでいる介護タクシーの番号を探す。車椅子を持って来てもらっての対応を頼まなければ。 電話をかけるとすぐにつながる。 「お世話になります。ケアステーション柏の松原です。車椅子ですぐに対応して頂きたい...
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『困難事例⑥』

「…と言うわけで、こちらからの支援は終結です。後は特養(特別養護老人ホーム)がうまくやってくれるかと」 「本当になんと言っていいか…。ありがとうございました」 私は地域包括支援センターに報告に訪れていた。 老健へのショー...
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『困難事例⑤』

コンコンコン ノックを鳴らしても、返事の声はない。 「失礼します」 立山さんは日に日に気力が萎えているようだった。ベッドに伏したまま、入ってくる私に目を向ける。 起き上がることができなくなってから2ヶ月。立...
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『困難事例④』

立山さんは痛みに顔を歪ませながら、ベッドに伏していた。 いつものようにヘルパーが訪問し、オムツを交換しようとすると少し足を動かしただけで痛がる。ベッド柵を持てば横向きになることくらい、いつもならなんということはない。 だがこの...
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『困難事例③』

「なぜ、デイサービスで食事を召し上がらないのでしょう」 「甘いからよ」 「甘い」 甘いとはなんだろう。私は車椅子に座った立山さんの前で正座して座っている。 大量のお菓子や缶詰、レトルト食品で埋め尽くされた部屋はベッ...
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『困難事例②』

「こんにちは。ケアステーション柏の松原です」 「こちらへどうぞ」 地域包括支援センターの会議室へと案内されている。 今回の困難事例、立山さんの支援には地域包括支援センターの関わりがあった。 地域ごとに設置され、介護...
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